明治の創業以来、京都伏見で愛され続けている老舗醤油蔵、小山醸造。伝統的な製法や設備を守りながらも、小山さんの醤油づくりには新たな風が吹いています。
有名ラーメン店から「ラーメンスープ専用の醤油を作ってほしい」と依頼がくるなど、お客様の声から作られるバリエーション豊かなラインナップも小山醸造の特徴の1つ。2024年には音響メーカーとコラボし「古都で奏でるお醤油」を開発。前代未聞の音楽醸造の醤油が生まれました。
「お客様に喜んでほしい」その一心で、楽しみながら挑戦を続ける小山富央さんにお話を聞きました。
明治17年創業。小山醸造が受け継ぐ「風味とこくの醤油」とは
昔ながらの工場で、昔ながらのやり方で
─工場の前を通ると醤油のいい香りが道に漂っていました。工場の中も老舗ならではの風景ですね。
昔からのやり方を大切にしています。醤油を熟成させる樽は昔ながらの木桶。いくつかは下の方が割れてきましたが、修復しながら使っています。
ボトルのパッケージングも手作業です。木槌で叩きキャップをはめて、ラベルは手で貼って……。機械を使うよりも早く済むんですよ。
お客様の声が生んだ豊富な商品ラインナップ
─小山醸造の醤油は「風味とこくの醤油」と言われていますが、どのような特徴がありますか?
うちの醤油はあまり塩分濃度が高くないので、口に入れたときの強い辛味やえぐみがないんです。辛さが他のお料理を邪魔しない醤油が“ええ醤油”だと思うんですよね。
例えば刺身を食べるとき。魚本来の味を隠すのでなく、おいしさを引き立てる醤油がいいですよね。塩分が控えめな分、体にもやさしい醤油です。
一般的に塩分濃度が低いと菌が繁殖するリスクは高まります。塩分を抑えつつ、菌が繁殖しない絶妙なラインを探すのは大変でした。
昔はこいくち醤油やうすくち醤油しか作ってなかったんですよ。私の代でかなりバリエーションが増えました。いろいろな方にいろいろなものを作ってほしいとお声がけをいただくんです。
「直接届ける」からこそ愛され続ける小山醸造の醤油
スーパーで売らずに地域に根付く
─伝統的な製法や設備のほかに、守り続けているこだわりはありますか?
うちの醤油はスーパーや量販店では一切販売していません。工場に併設した店舗での販売とオンライン販売のみです。
─量販店で販売する方が効率よくたくさん売れる気がするのですが、あえて店舗での販売にこだわられている理由はなんですか?
私の父親が家業を継いだころは、京都に70軒ほどの醤油蔵がありました。それが今では15軒。醤油屋が減った原因の1つが量販店での安売りなんです。安く売り出せばたくさん売れますからね。
スーパーに行ってもなければ、ここに買いに来ないとしょうがない。それがうちの売りになっています。店頭で醤油を味見できるので、それが楽しみで来るお客様も多いんですよ。ここでしか届けられない味と時間をお届けしたいです。
「あんたとこの醤油しか使えへんわ」リピーター続出の理由
─明治からの伝統を守り、令和でも愛され続けるために、心がけていることはありますか?
お客様からの「これ作ってくれへん?」という要望をお断りしないこと。来るもの拒まずのスタンスです。お客様の声から商品を作って、それをおいしいと喜んでもらう。そうやってここまでやってきましたね。
─「地域に根差した店でありたい」とのバイタリティを感じます。その原動力はやはりお客様からの反応でしょうか?
もちろんそれもありますが、何より「自分が楽しまなあかん」と思うんです。
お客様に「これ、だし巻き玉子に使ったらおいしかったで」なんて言ってもらえるのがおもしろくて。おすすめの食べ方のシェアをいただいたら、商品紹介パンフレットに載せるんです。すると「私の意見が通ってる!」とお客様がまた喜んでくれます。
唯一無二の味をお客様に喜んでもらい、私自身もお客様と交流できる喜びを感じています。皆さんとの繋がりが続いていくのが嬉しくて。リピーターが多いのは私の自慢です。「あんたとこの醤油を使ったらもう他のは使えへんわ」と、嬉しい言葉をもらっています。
音楽を聴くとまろやかに育つ?「古都で奏でるお醤油」の秘密
音響メーカーと前代未聞のコラボ。音楽醸造の醤油
─お客様の声に柔軟に対応されているのですね。ステレオメーカーのオンキヨー、三谷商事とコラボした醤油も作ったのだとか。
醸造の工程で樽に振動デバイス(加振器)を取り付け、醤油にモーツァルトを聴かせました。その名も「古都で奏でるお醤油」。おそらく世界初の音楽醸造の醤油です。従来の醤油とは一味違う醤油が完成しました。
─音楽醸造とは具体的にどのようなものですか?
オンキヨーはもともと、ステレオメーカーとして培ったオーディオ技術を利用して、日本酒の熟成工程でお酒に加振する音楽商品を作っていました。
単に工場内で音楽をかけるのではなく、酒樽に機械を取り付けて樽内を振動させる加振方法で、特許も出願しています。加振することで日本酒のおいしさが増すんですよ。これが音楽醸造です。
この技術をお酒以外の発酵食品にも活かせないかと、当社にお話をいただきました。お声がけいただいた段階では、商品化できるか確証はなかったのですが、すぐに挑戦を決めました。おもしろいなと。
醤油に加振して味に変化が起こるのか試したところ、3ヶ月ほどで味に変化があり商品化が叶いました。
─前代未聞のチャレンジの中で苦労したことは何ですか?
加振による味の変化のピークを探るのは一苦労でした。加振すればするほど味が変わるわけではなく、ピークを迎えると変化は止まるんです。
加振1ヶ月ほどで若干の変化があったので、そこで加振を終了するのかしないのか。商品化までに、もっともおいしいポイントを見極めるための協議を重ねました。
モーツァルトで「まろやかさが増した!」
─加振によりどのような味の変化がありましたか?
まろやかさが増して、口の中に広がる余韻に深みが出ました。火入れの工程前は色まで違っていて、かなりの変化に驚きましたね。
味覚には個人差があるので、テイスティング以外にも味の変化を数値化する味覚分析の試験も行いました。
大手メーカーの醤油2種類・加振前後の当社の醤油、合計4検体を調べたところ、加振した醤油は相対的なまろやかさが増すことが明らかになりました。
従来の醤油と加振後の醤油では、塩分濃度や成分はまったく同じなのに、味には変化があるというのは興味深い発見でした。
音響醸造で作られた日本酒については、味の変化について化学的なリサーチが進んでいます。水分中の成分は同じでも、加振することで分子のくっつき方や配置が変わり、味や香りに影響するとの論文も出ているんです。
音響熟成醤油についての研究はこれからですが、もしかすると同じような化学変化が起こったのかもしれませんね。
お客様に伝統的なおいしさと、新鮮な喜びをお届けするために、これからも楽しいチャレンジを続けていきます。小山醸造がまた来たくなるような場所でありたいですね。