みやもと糀店の原点は無農薬の農業

—— 「みやもと糀店」を始められるまでの経緯についてお聞かせください。始まりは農業だったそうですね。

今から25年ほど前、インドを旅していました。海外に憧れて飛び出したものの、そこで痛感したのは日本人としてのアイデンティティの無さ。足元が定まらない自分に嫌気が差し、「日本人らしい仕事に就きたい」と考えるようになりました。その一つが農業です。

帰国後、ご縁があって実家の近くで無農薬の農業をしている方を紹介していただき、それが農業を始めるきっかけとなりました。覚悟も無く始めた農業でしたが、畑での作業を通じて人生観が一変したんです。体を動かすことで頭の中が整理され、活力がみなぎることを実感しました。この経験を通じて、農業を人生の軸にすることを決意しました。

——その後、どのようにして麹屋の立ち上げにつながったのでしょうか?

自分が食べるための無農薬野菜を育てるうちに、味噌もつくりたいと思うようになり、大豆を育て始めました。自分の味噌用にと思って育てた大豆でしたが、収穫量が爆発的に増えて消費しきれなくなったので、一般の方向けに味噌づくりワークショップを始めたんです。

当初は麹を他社から買っていたのですが、「味噌づくりの要は麹」だと気づき、自ら作ることにしました。それが10年ほど前のことです。

——麹屋になったのは、農業からの自然な流れだったのですね。

まさにそうです。無農薬の農業を軸にしながら、やりたいことを追求していった結果、自然とたどり着いた感じですね。

麹から学ぶマクロな世界、そしてつながる縁

——麹づくりの工程について教えていただけますか?

まず、米や麦、大豆などの穀物を蒸します。こちらの蒸し器は自作したもので、最大で200キロの穀物を一度に蒸すことができます。

蒸し上がった穀物は、人肌ほどの温度まで冷ましながら麹菌をつけ、48時間かけて培養します。

温度管理は自動醗酵機が行うものの、材料の出し入れや混ぜたりする作業はほとんど手作業です。

麹ができたら、風を当てて乾燥させます。これを袋詰めして、出荷できる状態にします。

——麹作りのどんなところに面白さややりがいを感じますか?

麹は微生物の世界です。ミクロの世界を追求することで、宇宙のような壮大な世界を知ることができる——そんな点に、麹そのものの面白さを感じています。

今はそれだけでなく、麹作りを通じて様々な人や物事との「縁」が生まれることにより一層の面白さを感じていますね。

——逆に、大変だと感じることはありますか?

微生物という自然を相手にしているので、もちろん失敗もあります。しかし、それを「改善点が一つ見つかった」と前向きに捉えているので、大変だとは感じません。後になって振り返ってみると、失敗なんて一つも無かったと本当に思いますね。

今まで20年以上、自然と向き合ってきました。農作物の収穫は年に一度きりです。今年の大豆づくりに失敗しても、それを改善できるのは翌年。そんな自然のサイクルと長く付き合ってきたからこそ、失敗を俯瞰して見られる余裕があるのかもしれません。

味噌・醤油仕込みワークショップで伝える手仕事の良さ

——宮本さんのワークショップは非常に人気ですね。参加者について教えてください。

味噌・醤油仕込みワークショップは、20年以上前から開催しています。

ありがたいことに年々参加者が増え、今では毎年1,000人を超える方にご参加いただいています。リピーターが多く、初参加の時は小学生だった子が、今や立派な大学生になっているというケースもあります。味噌づくりを通して1年に1回顔を合わせられるコミュニティがあるのは楽しいです。

初めて参加される方は、InstagramなどのSNSを見て来てくれる方が多いようです。関東や東北といった遠方からもお見えになりますよ。

みやもと糀店Instagramより 味噌・醤油仕込みワークショップ

—— ワークショップを通じて、参加者の方々にどのようなことを伝えたいですか?

手仕事の良さを伝えたいと思って始めましたが、手仕事というのは、こだわりだしたらキリがありません。完璧を目指しすぎて結局やめてしまうよりも、たとえ手抜きになってもいいから続けてほしいと、今は思っています。「自分にとってちょうどいい手仕事」を見つけて、長く続けてもらいたいですね。

黒麹を家庭に届けたパイオニア

——「みやもと糀店」で製造されている麹の種類について教えてください。

味噌用の米麹、豆麹、麦麹に加え、現在は黒麹など変わった麹も製造しています。

冬は味噌用の麹の生産が中心となり、味噌・醤油仕込みワークショップで使う他、ご自宅で仕込みたい人に向けてECサイトでも販売しています。

冬以外は主に黒麹を生産しています。黒麹は今や全国の百貨店やお店で広く販売され、生産が追いつかないこともあるほどの人気商品となっています。

みやもと糀店「黒麹」

——どのような経緯で黒麹の販売を始めたのでしょうか。

黒麹は、焼酎や泡盛の醸造に使われている麹菌です。酸味が出るのが特徴で、そのクエン酸が雑菌の繁殖を抑えるため、沖縄や九州などの暑い地域でも安定して発酵が進むんです。ただ、その色の黒さが好まれず、家庭用には流通していませんでした。

我が家では数年前から黒麹を甘酒にして飲んでいて、その美味しさには気づいていたので、家庭用に販売することにしました。ちょうど世間では麹ブームの最中だったこともあり、黒い麹の珍しさが話題を呼び、瞬く間に全国へと広まっていきました。

——黒麹の美味しい食べ方について教えてください。

甘酒にして飲むのがお勧めです。黒麹の甘酒は、独特の酸味が加わるので、フルーティーで、一般的な甘酒とはまた違った美味しさがあります。その甘酒を白味噌と混ぜてバンバンジーのタレに使ったり、醤油麹を作ってそこから料理に展開したりと、使い方は無限大です。

百姓として地に足をつけながら、常に新しい挑戦を続ける

——麹作りを通じて、後世に何を伝えていきたいですか?

実はあまり「後世に何かを残したい」という思いはありません。微生物は数億年の歴史があります。その果てしなく長いレールの上で、自分は「遊ばせてもらっている」という感覚が強いんです。

だから、僕が何かを残すというよりも、脈々と続く長い歴史の中で、たまたま自分の営みが後世に残るのであれば本望。残らなくても、それはそれで一つの物語として、僕の一代で潔く終わってもいいと思っています。時代や人々に求められないものが淘汰されていくのは、自然の摂理ですから

——今は台湾の企業から声がかかっているとか。

はい、台湾の企業から「日本式の麹屋を台湾に作りたい」という事業プロデュースの依頼を受けています。日本の技術が海外に流出することへの懸念など、様々な意見があることも承知しています。

しかし、日本式の麹が海外に渡った時、時間の経過とともにそれがどのように受け入れられていくのか、もしくは新たな形へと変化していくのか、その経過を見てみたいという思いもありますね。これも「遊び」の一環です。

来年には台湾に麹屋がオープンする予定なので、とても楽しみにしています。

みやもと糀店Instagramより 海外からの研修生

自然体で地に足をつけながらも、常に新しい挑戦を続けている宮本さん。その哲学は多くの共感を呼び、みやもと糀店には台湾だけではなく、スイスからも研修生が来て麹作りを学んでいます。

愛知県西尾市から、世界に広がる麹文化。今後の展開が楽しみです!

【みやもと糀店】

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