神戸市灘区・阪急王子公園駅の高架下。そこに、知る人ぞ知る「地ソース」の名店があります。
昔から訪れている地元客を中心に、遠く関東の飲食店からも注文が絶えないという「プリンセスソース」。その味を父から受け継ぎ、28年間守ってきたのが二代目の平山さんです。
今回は作り手である平山さんの想いとソース作りの現場に迫りました。

神戸市灘区・阪急王子公園駅の高架下。そこに、知る人ぞ知る「地ソース」の名店があります。
昔から訪れている地元客を中心に、遠く関東の飲食店からも注文が絶えないという「プリンセスソース」。その味を父から受け継ぎ、28年間守ってきたのが二代目の平山さんです。
今回は作り手である平山さんの想いとソース作りの現場に迫りました。

『プリンセスソース』は、僕の父親がつけた名前なんです。ここの住所が灘区「城内」で近くには「王子」という地名があるので、最初は『プリンスソース』にしようと思って登録しに行ったらしいんですよ。
そしたら、もうすでに使われていて。「ほんなら『プリンセス』でええわ」と(笑)
昭和32年頃から始めたみたいです。元々は自転車に醤油やソースを乗せて配達する仕事をしていて、そのうちに「自分も作ってみたらどうやろ」と始めたのがきっかけだったようで。
僕も小さい頃は瓶のキャップを締めたりラベルを貼ったり、よく手伝いをしていました。
阪神淡路大震災のあと、ちょっと頑張りすぎたのか、父親が坐骨神経痛になってしまったんです。もう65歳でしたし、父親自身も「もう痛くて動かれへんし、またなったら怖いから辞めようか」と。
当時、僕は25歳の会社員でした。「美味しい」と言ってくれるお客さんがいるのに、辞めてしまうのはもったいないなと思い、「それやったらちょっと僕がやってみるわ」と手伝い始めたのがきっかけで、今に至ります。
ここも父親が借りた場所で、元々は鉄工所だったようです。ソース作りはどうしても匂いも出ますし、音もする。普通の住宅街で営むのはなかなか難しく、意外と場所を選ぶ仕事なんです。
だから、もう移動することもなく、ずっとここでやっています。なんだかんだで、この場所が好きなのかもしれません。周りも知り合いが多いし、落ち着きますね。

うちは特に玉ねぎとニンニクをたくさん入れています。玉ねぎで甘みを出して、ニンニクで力強さをプラスする。これがこだわりです。
ニンニクは、40年くらい前に世間的に流行った時期があって、父親が「これ、多めに入れたらええんちゃうか」と言って入れ始めたのがきっかけですね。大手メーカーさんのソースにはない、パンチのある風味につながっていると思います。
大手メーカーのソースは、研究しつくされた味が「いつでも変わらず」楽しめる、その安定感と安心感がすごいですよね。うちは逆に、いい意味での「変化」を楽しんでもらうソースなんです。
それこそニンニクを入れたのも途中からですし、ベースの出汁をちょっと変えてみたこともあります。もちろん、焦がしてしまい全部捨てる、みたいな失敗もありますが……!小さなお店なりに、「これだ!」と思うソースに辿り着くために試行錯誤を繰り返しています。
あとはすべて手作業なので、ひとつひとつの工程を丁寧に行うよう心がけてはいますね。それで多少、味も変わるのではないかなと、自分では思っています。
今うちで作っているのは『とんかつ』『ウスター』と、ウスターの沈殿物を集めた『どろ』、それにハバネロやジョロキアを入れた『極辛』の4種類です。とんかつとウスターを比べると、ウスターのほうが香辛料を多く使っています。『どろ』はやっぱり濃厚で辛い。

意外な食べ方だと、僕はステーキにとんかつソースをかけます。あまり共感してもらえないのですが、美味しいですよ!「この料理にこれ!」「これにはとんかつソース」という固定概念にとらわれず、自由に楽しんでほしいです。
ありがたいことですね。もともとこっち(神戸)にいた人が関東でお店を始め、そこから紹介で広まるというパターンが多いです。
特に関東では、あまり地ソースの文化がないみたいです。日本におけるソースは神戸発祥とも言われますし、「神戸のソースを使っていること」をお店の“売り”としているところもあるようです。

まず、分かりやすいのは釜の大きさです。うちの釜では、一度にだいたい一升瓶200本分くらい作れます。大手メーカーの工場をみたことはありませんが、おそらくもっと巨大な機械を使って、かなりの量を作ってはるはず。
あとは、全部「人の手」で作っているところです。人が混ぜるのと、機械が混ぜるのとでは、またちょっと違うだろうなと思います。「うちの材料全部持って行って、機械で作ったらどんな味になるんやろ」という興味はありますけどね(笑)
これは嘘みたいな本当の話なのですが、ソースを作り始めてもう28年目になるのに、まだ作り始めて3~4年目くらいの感覚なんです。ずっと「これでいいんかな」と思いながらも、丁寧に丁寧に作っています。
やはりソースは生き物なので、一つでも材料を入れ忘れたら匂いですぐに分かるんですよ。父親には昔、「忘れないようにやることリストを作ってやれ」とよく言われていました。「覚えてるわ!」とリストを作らなかったら、たまに忘れてしまうんです(笑)そんな繰り返しですね。
作業中ソースからあまり目を離さないこと。それと、隅々までゆっくり混ぜる作業を丁寧にすること。この2つは譲れません。
ちょっと目を離した隙に焦げ付いたり、沸騰して吹きこぼれたりするんですよ。特にとろみをつけてから落ち着くまでは、一番気が抜けない。ソース作りって、繊細なんです。

それはもう、いろいろあります。人件費も原材料も上がっていますし、道具も高い。昔は20万円くらいだったこの釜も、今では200万円しますから。穴空いたらどうしよう…と思ってしまいますね。
実際になくなっていった地ソース屋さんもあります。うちみたいに小さい規模でやっているところは特にそうですね。昔は配達手帳がびっしり埋まるくらい注文があったのですが、今はそれに比べると少なくなりましたね。
お客さんが買いに来てくれて、「美味しい」と言ってもらえるのが何よりのモチベーションです。毎日同じことの繰り返しですが、そこはもう何も考えずに頑張っています!一人なので気楽ですし、あまり怒られることもないですしね(笑)
正直、「この味を守り続けるのは僕で終わるやろな」とは思っています。でも、健康だけには気をつけて、できるだけ長く続けていきたいと思っています。今の味を変えず、今のままずっとやっていくのが目標です。
実はいまだに「これや!」という完成系には辿り着いてなくて、毎日試行錯誤の連続です。「これやったら人に任せられる」と思えるものができれば、たとえばレシピを継承するといった選択肢も出てくるかもしれません。
でもやっぱり、それが難しいんですよね。「本当に納得できるものって、できるんかなあ」と思いながら、今日もソースと向き合っているんです。

高架下というユニークな場所で、28年間、来る日も来る日も釜の前に立ち続ける平山さん。「まだ3〜4年目の感覚」「これでいいんかな」——。その言葉には奢りなど微塵もなく、ひたすらソースと向き合い続ける職人の誠実さがにじみ出ていました。
効率や規格化とは対極にある、失敗さえも受け入れる「人の手」の揺らぎ。それこそが「地ソース」の奥深い魅力なのでしょう。
「美味しい」という一言を原動力に、今日も守り続けられる神戸の味。その一滴に宿る哲学を、あなたもぜひ一度、味わってみてはいかがでしょうか。
【店舗情報】
住所:〒657-0836 兵庫県神戸市灘区城内通5丁目7−5
電話番号:078-861-4050
営業時間:11:00 – 13:00
定休日:日曜日
アクセス:阪急王子公園駅から徒歩5分/JR神戸線 灘駅から徒歩3分
タグ