「魚醤」とはどのような調味料か?

そもそも「魚醤」とはどのような調味料なのでしょうか。特徴や歴史をひもといてみましょう。

魚介類と塩を発酵させて作られた調味料

何らかの食物を塩と麹で発酵させた食品を「醤(ひしお)」といいます。「魚醤」はその一種で、魚介類と塩を漬け込んで発酵させた調味料です。

「魚醤」は魚を主原料とする発酵調味料ですが、日本の食卓に欠かせない「醤油」のルーツは、米や小麦、大豆などの穀物を原料とする「穀醤(こくびしお)」と呼ばれる調味料です。実は、どちらも「醤」の仲間なのです。

魚介類と大量の塩をバランスよく混ぜて漬け込むと、魚介類自身の消化酵素によって発酵が始まります。この際、温度や湿度に気をつけてあげることがポイント。時間をかけてじっくり発酵させることで、魚介類のうま味が引き出されていきます。そうしてできた液体を濾過して不純物を取り除いたものが「魚醤」です。

「魚醤」の歴史は紀元前から!

「魚醤」の歴史は思いのほか古く、紀元前の古代ギリシャでは、小魚の内臓と塩を原料とする「ガルム」と呼ばれる発酵調味料が使われていたそうです。このガルムは古代ローマでも愛用されていたとか。
美食家であり料理人でもあったアピキウスが残した料理書では、なんとレシピの8割にガルムが使われていたといわれています。

ガルムはその後も16世紀頃まで使われ続け、その発展形が現在のアンチョビだという説もあります。

「魚醤」が盛んに使われる東南アジアでは、古代メコン河流域に「魚醤」の起源があると考えられています。

また、日本でも、弥生時代から古墳時代にかけて食品と麹を塩漬けにして発酵させる「醤(ひしお)」が作られており、これが「魚醤」の原型となったといわれています。

独特な風味と濃厚なうま味が特徴

「魚醤」は独特の香りや風味、非常に濃厚なうま味が大きな特徴です。また、塩を多く使って仕込むため、塩分濃度は約20~25%と高めに仕上がります。(一般的な濃口醤油で約14%)

他の調味料にはない独特な風味とうま味の秘密は、なんといっても魚介類を原料として発酵させているから。

発酵の過程で、魚の内臓や身に含まれる酵素の働きによって、身のタンパク質が分解され、グルタミン酸をはじめとする、アミノ酸やペプチドといったうま味成分へと変わります。グルタミン酸は昆布や野菜にも含まれる代表的なうま味成分です。そんな成分がギュッと詰まった「魚醤」は、うま味の宝庫というわけです。

世界各地で作られている「魚醤」は、原料や製法がよく似ているにもかかわらず、それぞれ味や香りが微妙に異なるのですから不思議なものです。

「魚醤」は体にもやさしい

発酵食品である「魚醤」は乳酸菌や酵素が豊富なので、腸内環境を整える効果も期待できます。また、原料が魚介類のため、高タンパク質でカルシウムやマグネシウム、鉄分もたっぷり含まれています。

おいしい調味料として楽しめるうえに、さらに免疫力アップや健康維持にも役立つのはうれしいポイントですね。

世界各地で愛される「魚醤」文化

世界各地、そして、日本国内にもさまざまな「魚醤」があります。それぞれの種類や原材料、特徴などをまとめました。

世界各地の「魚醤」

東南アジアを中心にヨーロッパまで「魚醤」文化は広がっています。

①ナンプラー/タイ

原材料:カタクチイワシなど

発酵・熟成期間は1年から2年と長め。魚の香りは控えめですが、独特の風味と塩味が強め。
メーカーによってはコクを出すために仕上げに砂糖を加えることもあるそうです。

②ヌクマム/ベトナム

原材料:カタクチイワシなど

発酵・熟成期間は4カ月から1年ほど。ナンプラーと比較されることが多いですが、熟成期間が短いため、魚の香りは強いのに風味はマイルド。塩分も控えめ。

③ユイルウ(魚露)/中国

原材料:魚のアラ

「魚醤」の仲間に入ってはいますが、実は発酵させてはいません。魚のアラを塩漬けしてエキスを抽出したもの。
炒め物、スープ、チャーハンなど中華料理全般に使われ、水餃子や冷ややっこのタレなどにも。古くは「ケ・ツィアプ」と呼ばれ、ヨーロッパ、アメリカに渡り、ケチャップの語源になったそうです。

④エクジョ/韓国

原材料:イワシ、イカナゴ、エビ

発酵・熟成期間は6カ月から3年とかなり幅があります。主にキムチを漬ける際に使用され、チゲやナムルの隠し味としても重宝されています。

⑤コラトゥーラ/イタリア

原材料:カタクチイワシ

発酵・熟成期間は3年から4年。濃厚かつマイルドな味わいでオリーブオイルやハーブとの相性が抜群。歴史ある漁村・チェターラ産のものが有名で、この地はアンチョビの生産でも知られています。

日本の「魚醤」は古来のものと新たな開発も

古くから伝わる日本の三大魚醤を紹介します。また、現在は、日本各地で新たな「魚醤」の開発が進んでいます。

①しょっつる/秋田県

原材料:ハタハタ、イワシ、アジ、サバ、コアミ、シラウオ、コウナゴ、イサザ、カワハギ、カニなど

しょっつるは漢字で書くと「塩魚汁」。ハタハタのイメージが強いかと思いますが、実は、ハタハタの他にもさまざまな魚介類が使われています。熟成期間はイワシやコウナゴなどは短かく、ハタハタやアジ、サバなどは長期間を要し、魚ごとの風味の違いも特徴です。

薄口醤油のような色で、塩気は強め。くせは少なめでマイルドな風味です。

秋田の代表的な郷土料理「しょっつる鍋」はハタハタを入れてしょっつるで味を調えた鍋料理。秋田の冬の味です。

②いしる・いしり/石川県

原材料:いしる=イワシ、いしり=イカ

能登地方に伝わる「いしる」と「いしり」。イワシ、イカを内臓ごと原料とし、いしるは半年から1年、いしりは約2年間熟成させます。これらは1700年代後半には作られていたとされ、魚の骨や内臓を無駄にしないためという生活の知恵から生まれた調味料です。
個性的な香りが特徴ですが、刺身のつけ醤油にしたり、浅漬けの素にしたりと、醤油の代わりに使われています。

③いかなごしょうゆ/香川県

原材料:イカナゴ

瀬戸内海沿岸で多く水揚げされるイカナゴを使って作られるのが、「いかなごしょうゆ」です。
かつては各家庭で作られており、イカナゴ漁が盛んになる4月から6月にかけて、水洗いしたイカナゴを塩漬けし表面を松葉でおおい、3カ月から4カ月発酵・熟成させていました。こうしてできた発酵液を布で濾し、つけ醤油や煮物の味付けに使っていたと伝えられています。しかし、明治時代に大豆を原料とした醤油が広く普及すると、いかなごしょうゆを家庭で作ることは減り、衰退していきました。

近年、いかなごしょうゆの伝統的な味が見直され、再び生産が始まっています。まろやかな味わいは醤油と同様に使われるのはもちろん、うどんのつゆにもぴったりだそうです。

④近年、新たな魚醤の開発も

日本の伝統的な三大魚醤に加えて、最近では日本各地で新たな「魚醤」の開発が盛んに行われています。

漁獲量が多すぎたり、食用として扱いづらかったりすることから市場に出回らない「未利用魚」を有効活用する目的で、愛知県のキンメダイや山形県のノロゲンゲを使って作られたのが、それぞれの「魚醤」です。

北海道では、豊富な水産資源を活かし、地域活性化を目指してサンマ、サケ、ホッキ、タコ、ウニなどを使った新しい魚醤が続々と誕生しています。

食品ロスの削減や地域振興といった効果に加え、個性豊かでおいしい魚醤が増えていくことに期待が高まりますね!

旨みを生かした「魚醤」の使い方

個性的な風味が魅力の「魚醤」ですが、普段の食卓にも積極的に取り入れていきたいものです。いつもの料理に気軽に活用するコツをご紹介します。

「魚醤」を普段使いするコツ 

「魚醤」を食卓で気軽に使うためのポイントは次の通りです。

・塩味が強いので入れすぎに注意

「魚醤」は塩分濃度が約20~25%と高く、一般的な醤油と比べてかなり塩味が強いという特徴があります。そのため、醤油と同等の分量を使うと塩辛くなってしまいます。
「魚醤」は、うま味がたっぷり詰まっているので、少量でも味に深みを加えることができます。
使う際は、少量ずつ加えて味を見ながら調節するのがおすすめです。

・香りが強いので、料理との相性を考える

「魚醤」は、独特な香りや風味が特徴である反面、その香りが料理によってはうまくなじまない場合もあります。原料や製法により香りも異なりますので、お好みの「魚醤」を選ぶことをおすすめします。
また、加熱することで香りが強くなることもあるので、まずは加熱せずに食べてみてもよいでしょう。

・開封後はできるだけ早めに使用

「魚醤」は開封後も発酵が進みます。冷蔵保存でも、開封して1カ月から2カ月ほどで風味が落ちていきます。おいしく食べきるために早めに使い切ることを心がけましょう。

主役にも隠し味にもなる「魚醤」

では、「魚醤」はどんな料理に使うと良いでしょうか。

・塩や醤油の代わりに

普段、塩や醤油で味つけをするところを「魚醤」を使ってみましょう。豊かなうま味により奥行きのある味わいを引き出すことができるはずです。ただし、繰り返しになりますが、塩味が強いので「少量から」を忘れずに。

・隠し味として

「魚醤」は、隠し味としても優秀です。
醤油やポン酢に1滴加えるだけで、コクとうま味が底上げされます。刺身につけたり、冷ややっこにかけたりして味わってみてはいかがでしょうか。
炒め物や煮物、みそ汁などの仕上げに少々入れるのもおすすめです。

・ドレッシングやパスタに

「魚醤」の香りがちょっと苦手という方におすすめしたいのが、レモンや酢、砂糖を合わせて作るドレッシングです。香りが和らいで、おいしく食べられます。

また、イタリアのコラトゥーラにならって、オリーブオイルやハーブとともにパスタのソースにしてもよいでしょう。

・スープや鍋などに入れてコク出しに

秋田の「しょっつる鍋」はハタハタとしょっつるが主役。さまざまな種類の「魚醤」と食材を組み合わせて、スープや鍋を作ってみてはいかがでしょうか。「魚醤」をだしのように使えば、エスニック料理とはまたひと味違った風味のスープや鍋が楽しめるはずです。

まとめ|エスニック料理だけじゃない!「魚醤」で日常の料理に深みをプラス。

魚介類と塩を漬け込むだけと、シンプルながらコクとうま味を生み出す「魚醤」。古くは紀元前から使われ、世界中で愛されてきました。伝統的な味から新たに作り出されたものまで、幅広い「魚醤」の味は、エスニック料理だけに限定されず、まだまだたくさんの可能性を秘めています。

いつもの醤油や塩の代わりに使ってみるだけで、これまでにない味の魅力に気づけるかもしれません。思いがけない食材との組み合わせが、新たなおいしさを引き出してくれることでしょう。

「魚醤」を取り入れることで、普段の料理が奥深い味に変わります。新たなうま味との出会いを楽しんでみませんか?