埼玉県に拠点を置く弓削多醤油。こちらの蔵では、木桶に住みつく菌がそのまま残る生醤油作りが行われています。
この記事では、発酵の力を最大限に活かして作られる生醤油の特徴と魅力を紹介するとともに、醤油作りに込めた、弓削多醤油の健康とおいしさへの想いを紐解いていきます。
埼玉県に拠点を置く弓削多醤油。こちらの蔵では、木桶に住みつく菌がそのまま残る生醤油作りが行われています。
この記事では、発酵の力を最大限に活かして作られる生醤油の特徴と魅力を紹介するとともに、醤油作りに込めた、弓削多醤油の健康とおいしさへの想いを紐解いていきます。
2023年、創業100周年を迎えた弓削多醤油。もとは農業に従事していた初代当主・弓削多佐重氏が醸造学に興味を持ったところから、その歴史は始まります。その後、縁あって入間郡藤沢村(現・入間市)にあった醤油蔵から設備や杜氏を丸ごと迎え入れることになり、今に至ります。
埼玉醤油工業協同組合編纂の『埼玉醤油史』には、埼玉の醤油業は大豆と小麦の産地という恵まれた条件の下で江戸時代に発達し、そこで作られた醤油は船で江戸の醤油問屋に運ばれていたと記載があります。
また、弓削多醤油日高工場のある地域は、秩父山脈から関東平野へと開く扇状地に位置することから地下を流れる伏流水が豊富です。1日100トンもの量が湧き上がるといい、地下およそ80mから汲み上げられた水は、醤油作りで必要な仕込水として利用されています。
大豆、小麦、水は醤油作りにおいて味や品質を決める大切な存在。100年もの間、弓削多醤油が美味しい醤油を生み出し続ける理由のひとつは豊かな自然環境にあるのでしょう。
「商売に羽織を着せろ」
これは初代から続く家訓であり、「羽織(=正装)を着てお客様に向き合う気持ちで商売をする」弓削多醤油が目指す正直な商い姿勢を表しています。
四代目当主・弓削多洋一氏はさらに、醤油が人の口に入り、やがて身体を作るものであることから「醤油は食品なので安心して口に入れられなくてはいけない。醤油は調味料なのでうまくなければ意味がない。」という考えを大事にされています。
代々変わることなく引き継がれてきた信念と、醤油の味わい、それを口にする人の健康を大切にする現当主の想いが、現在の商品作り一つひとつに体現されています。
こだわりの商品作りを続ける弓削多醤油ですが、同社を代表する商品のひとつが「吟醸純生しょうゆ」です。他の商品と比べ、どのような違いがあるのでしょう。
スーパーでも見かけることのある生醤油とは、通常の醤油作りで行う微生物の殺菌や、色・味・香りを整えるための「火入れ」を行わない醤油を指します。
一方、弓削多醤油の「吟醸純生しょうゆ」は火入れのみならず濾過も行わないことから、醤油を作る過程で存在する菌たちが消えることなく残っています。この菌たちが、醤油に豊かな味わいと風味を生み出しているのです。
なぜ、弓削多醤油では菌の生きた醤油を発売するに至ったのでしょう。きっかけは、あるNPO法人から寄せられた要望だったと言います。それは、
「菌が生きている醤油を日常的に使用したい」
というもの。
リアルな声を受け始まった生醤油作り。試行錯誤を経て、弓削多醤油は身体想いの醤油を作る当初の目的を達成すると同時に、発酵食品としての魅力も持ち合わせた唯一無二の醤油を生み出すことに成功しました。
市販の生醤油は火入れこそ行われないものの、流通過程で品質が劣化しないよう微生物等を濾過する行程を挟むため、その段階で酵母菌や乳酸菌は除去されています。
これに対し、弓削多醤油の「吟醸純生しょうゆ」は火入れだけではなく、精密濾過の過程がありません。もろみ(※)から搾ったものをすぐにビン詰めした無殺菌、成分無調整、かつ無濾過の醤油の発売は、国内では弓削多醤油が初めてでした。
※ 麹に塩と水を入れ発酵・熟成させたもの
菌が生きているため、保存は要冷蔵が基本。味わいはまろやかで、一口なめてみるとダシ醤油のような風味が口に広がります。日が経つにつれ少しずつ味に変化があるのも特徴です。見た目は赤みがかった茶色で、白や透明の器に入れるとその美しさが際立ちます。
「吟醸純生しょうゆ」の原材料は、国内産の有機大豆と有機小麦。塩はミネラルを多く含んだメキシコ産の天日塩と伊豆大島で海水を天日干しした「海の精」が使い分けられています。健康とおいしさを追求する弓削多醤油の姿勢が、こだわりの原材料選びからも伝わってきます。
天然醸造とは、冬の寒い時期に仕込み(麹に塩水を混ぜること)をし、夏の発酵期間を経て秋から冬にかけ熟成させていく、昔ながらの醸造方法のこと。製造過程を気温の変化にゆだねることから、仕込みからしぼるまでに約1年の時間がかかります。
「吟醸純生しょうゆ」の製造方法もこの天然醸造。蔵独自の微生物が住みつく杉製の大桶で時間をかけて発酵、熟成することにより、香りの良いコクのある醤油ができあがるのです。
うまく発酵が進むと、アルコール成分が多く作られるため保存の効く醤油となります。うま味もしっかり出るため、アミノ酸などの化学調味料を加える必要もありません。
手間と時間がかかる分、人間の力だけでは作りえない味わい豊かな醤油を作り出せるのです。
「吟醸純生しょうゆ」のおすすめの使い方は、何といっても「かけ醤油」!醤油の味が十分においしいので、いろいろな食材にかけていただくだけでごちそうになります。
例えば、ゆでたほうれん草、小松菜などのお野菜に。お刺身やローストビーフにもマッチします。もし冷蔵庫にご飯と新鮮な卵があれば、ぜひたまごかけご飯を作ってみてください。熱々ご飯と生卵、純生しょうゆとの相性は抜群です。
「吟醸純生しょうゆ」は弓削多醤油各工場にある販売店「醤遊王国」で購入できるほか、オンラインストアでも入手可能です。
創業100周年を迎えるにあたり、弓削多醤油では2023年、いくつかの記念プロジェクトが立ち上がりました。そのひとつが、もろみを仕込む際に使われる「木桶」の製造。丈夫で100年使えるといわれる木桶ですが、職人の減少などにより、現在では大変希少なものとなっています。
今回のプロジェクトでは、香川県小豆島の木桶職人の協力を得て、社員一同が木の選定から参加。地元の飯能杉から、樹齢117年の木を伐採しました。同じ気候風土で育った木材の方が、菌が住みつきやすいのではないかと考えられたためです。実際、木桶とタンクそれぞれで作った醤油を比べると、微生物、味、香りの観点で違いがあることがわかっています。
木々は育つまでに100年前後かかると言われます。山から切り出された杉の木は、ここから木桶へと生まれ変わり、菌を育てながらさらに100年の歳月をかけて弓削多醤油の味を守り伝えていきます。
「何代も何代も代わりながら、いつまでも弓削多の味が続くといいなと思っている。」洋一氏の言葉通り、移り変わる時代の中でなお、変わることのない醤油作りが、この木桶とともに続いていくのでしょう。
【参考文献】
弓削多醤油株式会社「弓削多醤油百年史 商売に羽織を着せろ」(弓削多醤油株式会社・2023)
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