老舗の味を未来へ。ごとう醤油の“変える勇気”と“守る誇り”とは

―大正2年創業のごとう醤油様。醤油業を始めたきっかけについてお聞かせください。

明治後半に始まった八幡製鐵所の第一次拡張工事期を経て、当時はここ、北九州・八幡の地が製鉄業で大いに盛り上がりを見せた時期でした。人口も爆発的に増えた頃で、創業者である私の曾祖父は「この機にあわせて何か商売を始めよう」と考えたようです。

何を事業の柱とするか模索したとき、過去に身につけた醤油作りの技術を生かそうと決意したそうです。曾祖父は幼い頃、山口県に丁稚奉公に出ていたんですよね。醤油作りは奉公先で学んだと聞きました。

現在、私たちが店を構えるこの場所は、当時数十メートル間隔で醤油屋が林立するような地域で。顧客競争は激しかったようで、一件一件の家を周り、注文を取ってリヤカーを引きながら商品を手売りするという地道な商いを続けていたと聞いています。

―創業時より受け継がれてきた“昔ながらの技法”を維持されているそうですね。商品作りで、特にこだわりを持つ部分はどこでしょうか?

麹作りやその発酵具合のチェックなど、なるべく人の手と目を入れています。機械による自動作業ではないからこそ、日によってできあがってくる醤油の味にも微妙な“違い”が生まれることがあるんですよ。

一度にたくさん作ることは叶いませんが、製造工程に人を介すことで、私たちの商品ならではのオリジナルな味わいが生み出せているのではないかと感じています。

また、おいしい商品を安定的に作り続けるためにも、品質や衛生管理も怠りません。15年前、長年使ってきた蔵を全面改装しました。現在、醤油の仕込みに使うのは木桶ではなくステンレス製のタンクです。

ステンレス製だと木桶のように容器の内部に微生物が住み着くといったことはありません。一方で、醤油がかびてしまったり、品質にばらつきが生まれるといったリスクも大きく軽減できるんです。

これからも長くごとう醤油の味を守り続けるためにも、伝統として守るべきものは守り、時代に合わせて変えるべきところは変えるといった柔軟な意識を大切にしたいですね。

北九州の素材とコラボして生まれた新しい調味料シリーズ

―北九州の特産である合馬(おうま)のたけのこを使ったドレッシングや、郷土料理のひとつ・小倉焼きうどん作りに最適なソースなど、北九州の食材や食文化を大切にした「北九州アグリ」の取り組みが興味深いです。プロジェクトの内容を教えてください。

「北九州アグリ」は、北九州の地で育まれた旬の食材を使用した商品を提案するブランドです。「旬の野菜ドレッシング」やパン専用の「パステルムース」、北九州の郷土料理の味付けに最適な調味料「北九州オリジナル」と、現在は大きく3つの軸で商品展開しています。

春はたけのこやトマト、秋はピーマン、しょうがなど、北九州には四季折々でおいしい作物がたくさんあるんです。

魅力的な素材たちの存在をより多くの方に知ってもらいたい。そんな想いがこのブランドを立ち上げる原点となりました。

同時に、私たちごとう醤油の存在もまた、北九州内外に周知していきたい希望があったんです。私がごとう醤油を引き継いだ頃はまだ、一軒一軒のお宅を訪問して注文を取る販売手法が主流でした。今でこそスーパーなどへの卸率は全体の85%ほどを占めていますが、当時はほぼゼロ。

10年、20年先を見すえたとき、販路拡大は事業経営のうえで大きな課題のひとつでした。曾祖父が始め、祖父、父が守ってきたごとうの味を将来に残すためにも、北九州の土地の魅力を活かした私たちならではの商品作りに挑戦したいと思ったんです。

―北九州とごとう醤油様の魅力を発信するための取り組みだったのですね!北九州アグリでは、五嶋社長みずから生産者さんのもとへ足を運び、素材選びをされているそうですね。

生産者さんのところにうかがって、自分の舌と目で素材一つひとつを確認した結果、素材が主役の調味料を作りたい想いがより強くなりました。

新鮮かつ旬な農産物だからこそ、素材の味を活かすことで十分な旨味が出るんです。人工的な添加物などは不要だと感じました。

―商品開発をするうえで心がけていることはありますか?

その素材のもっともおいしい食べ方を、生産者さんにお聞きするようにしています。

「旬の野菜ドレッシング」のひとつに「原木しいたけドレッシング」があります。北九州市の小倉南区で生産される「原木しいたけ」を原料にするには、どの素材を合わせたらよいか悩んでいたとき、農家さんに「こちらのしいたけはどんな食べ方が一番おいしいですか?」と尋ねてみたんです。

すると、「うちはいつも、かぼすで食べてるよ!」と聞いて。実はそれ以外のドレッシングでは、酸味を加える際にレモンを使っていたんです。かぼすは意外でしたが、素材の良さは誰よりも生産者さんがご存知だと思うからこそ、原木しいたけドレッシングでは原材料のひとつにかぼすを採用しています。

しいたけの旨味に加えてコクが増し、そうめんなどのつけだれとしても美味しくいただけますよ。

―生産者さんとのつながりのなかでしか得られない情報だなと思います。これまで、北九州アグリの取り組みを進めるなかで難しかったこと、壁などはありましたか?

商品の主役である野菜が足りなくなったときは、それはそれは焦りましたね。

初代・旬の野菜ドレッシングは「完熟トマト」です。今もドレッシングシリーズのなかでは高い人気があります。販売当初から売上も好調で、さぁいよいよここから増産するぞという矢先、まさかの主役のトマトの生産時期が終わってしまうといったことがありました。

―それは焦ってしまいますね…。

当時お世話になっていた小倉南区にあるトマト農家さんは、露地栽培でトマトを作っていらっしゃいました。露地物はハウス栽培と違い、時期が終わると翌年まで収穫できないんです。今思えば当然のことながら、当時はそこまで思い至らずで。

ドレッシングは作らないといけない、でも素材のトマトがない…。「トマトに代わる野菜を」と右往左往していたとき、手を差し伸べてくださったのが同じ南区のピーマン農家さんでした。

―救世主のピーマンだったんですね…!

まさにそうです(笑)このできごとが良い教訓となって、生産数が確保できる農産物でその季節ごとのドレッシングを作ろうと思い立ちました。

想定外のトラブルが、現在の「旬の野菜ドレッシング」の誕生秘話です。

―思いがけない産物が「旬の野菜シリーズ」だったとは…驚きです。

北九州の農業の特徴が「少量多品種」だったことも、旬の野菜シリーズ誕生の要因のひとつですね。

たくさんの種類はあるけれど、大量生産じゃない。北九州アグリブランドとして安定した販売数を維持するためにも、年間を通してその季節ごとの素材を活用する視点を持てたのは、まさに「災い転じて福となす」できごとでしたね。

「北九州アグリ」を通じ、改めて北九州の農業への知識を深めることができ、よかったと思っています。

―ほかに、取り組みを始めてみてよかったこと、新たな気づきなどはありましたか?

北九州の豊かな自然や食文化について知れたことはもちろん、パートナーである生産者さんに「私たちの野菜を知ってもらう機会が増えてうれしい」と喜んでもらえるときは商品開発にチャレンジしてよかったなと心から思いました。

鮮度の関係から、野菜そのものだけだと流通先には限界がありますよね。でも野菜たちを調味料に変身させることで、日本国内のみならず、海外にもそれらの魅力を伝えることができるんです。商品の卸先も、今やフランスなどヨーロッパにまで広がっていますよ。

妄想は構想、そして実行へ移してこそ。イメージを具現化し続ける五嶋社長の挑戦

―北九州アグリが世界に広まっていくのを想像すると、ワクワクしますね。今後、ごとう醤油様が目指すビジョンを教えてください。

おかげ様で北九州アグリの取り組みに対する認知も広がりつつあり、ごとう醤油をメディアで紹介いただくことも増えました。全国からのお引き合いも増えています。

引き続き生産者さんとタッグを組み、開発、販売に力を注いでいくと同時に、商品一つひとつの魅力を伝え続けたいですね。

また、将来を見すえ、北九州アグリ以外の新たな商品カテゴリーも構想しています。アイディアのひとつが醤油や味噌を使った「和スイーツ」の展開ですね。

―和スイーツ、楽しみです。現状にとどまらず、つねに挑戦を続けようとする社長の積極的な姿勢を強く感じました。

あれがしたい、これがしたい。そういった「妄想」は「構想」にしてこそ意味があると思っていて。構想にさえなれば実現の道筋が見え「実行」につながりますよね。

実行し続けていれば、何かしらの改善点がわかり、事業全体が前進していく。いかに商いを「後世につなげるか」といった意識をこれからも大切にしていきたいです。

―妄想は構想へ…。ぼんやりとしたイメージにとどめず、それらを実現可能な構想に転換されてきたからこその北九州アグリ開発なのかなと感じました。

業界の若手にもよく話すのは私たちは“中継ぎ投手”のような立場にあるということ。

次の世代にバトンをつなげるのか、それともここで流れを止めてしまうのか。単純な勝ち負けではなく、いかに踏ん張り、息の長い商売を続けられるかが鍵だと思っています。

ごとうの醤油が、北九州アグリの商品たちが、これからもずっと皆さんの食卓に並ぶものであってほしい。「事業を伝え続ける」ためにも、今日できることに一つひとつ、真摯に取り組んでいきます。